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スプーン曲げあるいはおいしい水

『砂漠』    伊坂幸太郎 実業之日本社 
ファン待望、著者一年半振りの書き下ろし長編。(帯いわく)

自分が念じたフレーズを他者に語らせることができるっていう超能力をもった青年の話が前作の『魔王』。今回、『砂漠』ではスプーンを曲げる超能力者が現れる。
二つの小説の中で示される超能力は個人を際立たせる刻印として使われるけど、でも、それが展開のメインになったりはしない。
でも、こんな会話を登場させて、コー様ファンをしびれさせる。


P231
 「超能力を否定する人たちってのは、超能力以外の別の物も否定しているような気がする。」
 「以外のものってたとえば、何ですか、北村」
 「たとえば、そのスプーン曲げをしている人の人生とか」
 「人生。ときたか」と藤堂が言い返してくる。
 「それから、それを見て、すごーいって喜んでいる人の感性とか、そういうのを全部否定している、そんな気がする。偉そうに。」

そう、●●を否定するっていうことは、●●を肯定している(信じている)人の人生を否定していて、そういう感性も全部否定しているってことなのだ。つまり、●●を肯定している人の存在自体を否定したがっているようにどうも聞こえてしまう事が多いってこと。

実際、●●を肯定する人を否定した人は、その人が●●を肯定しているその部分だけじゃなくて、その全人格を否定したがっている事が多いのだと思う。
なぜ、彼が●●を強烈に否定するかといえば、彼が●●を肯定する様な価値と対局な価値を信奉して生きているからにすぎない。


それはそうと、水問題ってのがあるらしい。
水に優しい言葉をかけると化学変化を起こして?おいしくなるっていう説を唱える一派がいて、さらにそういう人たちをとても問題にしている一派がいるそうだ。
そんなアホなと私は思うだけだが、問題視している派は必死である。
彼らは、おいしくなる説を唱える派の論拠をことごとく科学的に論破したけど、それでもそれを信じる人たちがいて、なんでよ〜、って思うらしい。
また小学校の先生にエー話やなと信じる人が多くて、それも彼らを悩ましているらしい。
彼らに言わせれば、学校というのは科学的な知識や思考を身につけさせなくてはならない場なのに、センセがインチキ実験を鵜呑みにしてどうするんじゃ、っていうようなことなのだろう。
言われてみればそのとおりなんだけど、センセ達の切実な問題って多分全く違う次元なんだよね。
学校の先生はいつもなんとか(こども)をコントロールしようとしなくちゃならないと考えていて、それがなかなかうまく行かなくなってきて、どうしていいか解らないでいる時、「言葉がけ」によって水が変わるって言われたら、そりゃ、とびつくよ。こどもに言葉をかける事はやっぱり相当有効そうだ、っていう風に帰結したいのだと思う。なんつーか、教師としての実存的な琴線に触れるんだよね、「言葉かけ」っていう行為自体が。
もしかしたら反省も込められているのかもしれないし。

ま、小学生高学年ぐらいなら、おいしい水派センセの高揚を敏感に察知してこどもらしい計算高さで同調するポーズをとる小学生もいるかもしれないけど、彼らはセンセたちのような動機はないので、たいした影響を受けるとは思えないのだけどね。当然、教師に無視されるより「言葉かけ」された方がこどもは嬉しいし。


お天道様に恥ずかしくないように自らを律し、お水をおいしくさせるように他者に語りかける、それは、それで良い話だとおもう。実際に、科学的な知識や思考が身に付いて、それを社会で活かしていく生徒ってもしかしたら、一握りなのでは?


ところで、キクチというおいしい水征伐派の学者さん?が、mixiでおいしくなる信奉者と一生懸命対話しようとしたログがどこかにあってそれを見たことがあったんだけど、それはとても気持ちのよい対話でした。
彼は、おいしくなる派になぜそう信じるのかって問いかけていらっしゃって、おいしくなる派の人の回答にものすごく誠実に応答なさっていて、ちょっとカンドー的でもありました。
(でも、mixiではない彼のhpには、征伐派同士でのヤレヤレ会話が相当見られて、それはそれで面白かったです。)

結局、●●を信じるとか●●を否定するとか、そういう話ってどうしても対立的な論調になってしまって、殺伐としてしまうわけで、どうやれば、そういう話を回避しつつ、なぜ●●を信じたり否定したりするか、って言うところを考えながら話を進めていくと、相手の言い分も相当理解できたりするのではないかと。
もちろん、理解されて、ああ、これは相当教養がない奴やなとか思われたりしているわけでしょうが、それでも、形式上は和やかな対話が進行して、すみ分けが進んで無駄な憎悪を感じる事が軽減されるわけで。
# by yyymotot | 2005-12-23 00:29 | Diary

信じたくない、嘘だよね。

当然の訃報。
自分のことを不幸とも幸福ともいわず、淡々となすべき事をこなして来たともだちが亡くなった。
困ったときに電話をして悩みを聞いてもらえる、勝手に私がそう考えていた数少ない人だった。

お嬢さんにカードを使用させないでくださいと学校から言われた多分初めての生徒だった。
高校のときからディオールだかなんだかの外国の化粧品をコレクションしてた。
誕生日のパーティが料亭で!産まれて初めて鰈の唐揚げを食べさせてもらった。
いつもなんの苦労もなさそうに見えた。
大学に行ってから彼女のうちで開かれたパジャマパーティに参加して初めて、
ずっと弟妹のお弁当を彼女が作っていた事を知った。
彼女が好きになった男を連れて東京にやって来た。
まるで夫婦漫才。エレベータの中でお腹を抱えて笑った。
すてきなカップルだと思った。
出産後の同窓会で、私がいっつもしあわせなのを自慢してたと思ってたと言われて仰天した。
電話したり手紙を書いた。理解してもらえたと思った。
それから時々電話してみんなの噂を教えてもらった。
彼女はいつもみんな元気だと言って笑っていた。
同じ歳のこどもの事で相談にのってもらった。
大丈夫だって、って太鼓判をおしてくれた。
胃を全摘した後にも相談にのってくれて、励ましてくれた。

まさか、彼女が死ぬとは思わなかった。

どうしよう。
お通夜に行って彼女が死んでたらどうしよう。
ねえ、って言ってなにも応えてくれなかったらどうしよう。
借り借りなのに、どうやって返せばいい?

彼女は自分の事を不幸とも幸福とも言わない。
自分が不幸だとか幸福だとか言いたがる女たちの中で
彼女は、いつも、淡々と好きな事をして、やるべき事をこなしてた。

彼女の人生が幸福だったとか不運だったとか、
そんなことを言う人たちがいたら、
ブチキレればいい?

チチトコトアーメン、南無阿弥陀仏、
いったいどの言葉が今、彼女には通用する?
何語で語りかければいい?
# by yyymotot | 2005-12-16 23:31 | Diary

いじめっこといじめられっこと校庭で

なんで『隣人13号』があんまり面白くなかったのかっていうと、この手の話は色んなところでもう何回も聞いたよ〜〜、っていう既視感がつきまとうからなんだろうな。

いじめにも報復にも多重性人格障害なんていう言葉にもなんか飽き飽きしている。
いじめによる自殺は減ってる?増えてる?
いじめ自体、減ってる?増えてる?

統計がどこにあるのか、結論がどうなっているのか知らないけど、
最近の子供に関するニュースは幼児殺しや虐待やがメインで、いじめについての事件はほとんどない。
そんな事態にならないように学校自体そうとうセンシティブになっている?
ようやく、学校にもフツー感覚が要求されるようになって来たって事?
学校以外の選択肢も増えて、それも、救いにはなっている?

いずれにしても、なんかみた事ある/聞いた事あるような話ってどんなに表現に凝ってもデジャブ感がつきまとう。5年前に作られてたら凄い面白かったかも。
今更な感じがやっぱり、興を削いでしまうのでしょう。
ものすごく、リアルを貼付けてみたりすると 逆にアリだったかもしれないけど、
結局、最後、復讐ファンタジーにしちゃったわけで、そんなこんなで、イマイチ感が最後でより高まっちゃったんだと思う。

つか、イジメ話/イジメ復讐話に既視感を持つってのもどうだとは確かに思うけど。
# by yyymotot | 2005-12-07 19:44 | Diary

『隣人13号』

『隣人13号』
原作/井上三太  監督/井上靖雄 出演/小栗旬 中村獅童 吉村由美

漫画が原作らしいけど、漫画原作が多いですね。
小説/物語の映画化には必ずイメージと違うなんていうことでクレームついてたけど、
漫画の場合はどうなんでしょ?
漫画自体、絵コンテみたいなもんだから原作イメージを損なう事はない?

結局、いじめられていた子供の妄想なのかどうか解らないようなつくりになっているんだけど、
セックスシーンが全くない事を考えれば、結局、こどもの妄想?

赤木夫婦、puffyの由美ちゃんのヤンキーぶりが凄い。
アメリカで子供達のアニメアイドルになってるらしいけどそれはそれ、これはこれ。
つか、ちょっとアメリカpuffyアニメも見たくなりました。

小栗旬くんは、今『花より男子』っていうテレビドラマにでてるけど、なんかそうとういい感じ。

でも一番面白かったのは中村獅童でしょう。
まだ彼が売れてない頃、深夜の訳解んない対談番組に出てて、とてもお行儀いいのにちょっと間が変で、なんか妙なエネルギーをまき散らしてました。なんだ、こいつは?って思った記憶があります。
育ちのせいなんでしょうね。伝統的型を身につけてることからくる自信っていうのは、結構アリなんだとおもいました。

映画としてどうか、っていう話になれば、普通点。

私は映画には甘甘なのに、なぜ結構面白かったにも関わらず普通点なのだろうか、と、今、考え中です。
# by yyymotot | 2005-12-05 23:18 | Movie

犬の気持ちは解らない

犬を飼い始めて半年になる。

子供時代、実家では複数の犬を飼っていたけど自分で世話した事なかった。
何十年か前の田舎で犬を飼うのと、今、東京/核家族で犬を飼うのは全然違うという事もわかってた。
子育てと一緒、結局全部私の負担になる。相当覚悟が必要だった。
すったもんだした挙げ句、夫と息子と私、一家総出で浜松のブリーダーさんちに二ヶ月になったばかりの小犬を迎えにいった。
皆でかわいい〜と歓声を挙げて、体長20センチぐらいの黒いモコモコが家族の一員になった。赤ちゃんの可愛さに圧倒されて2週間が過ぎた。

黒いモコモコは3週間目にいきなり嘔吐して、ぐったり元気なくなって、それから一ヶ月余、近所の動物病院に通う日々。
致死的病を患っている可能性を宣告されて毎日泣いた。
ちょっと調子がよくなると時無邪気にじゃれついてくる黒いモコモコが不憫で泣いた。
もしかしたらこのままなおるかもと期待したとたん、吐いて苦しそうにする黒いモコモコをみて絶望して泣いた。
そうして一ヶ月が過ぎたころ、色んな検査の結果が出始める。
モコモコが致死的病を患っている可能性はほぼない、という結論がでた。器質的疾患もない。バンザ〜〜イ!

それからめっきり嘔吐の回数が減った。
黒いゲホゲホなモコモコは病気の間も少しずつ大きくなって、モコモコしないでスタスタ歩く黒いワンワンになっていた。
それからも時々、ゲロゲロ、ハ〜ハ〜して、皆をあわてさせたけど、家にきてから4ヶ月、ようやく生活リズムも掴めてきて無理させないでダラダラ、ガフガフ過ごしている。

で、犬を飼ってみて改めて解ったのは、私には犬の気持ちはよく解らない、ってこと。
うちに来たのだからできる限り幸せな人生を歩んでほしいと思いすぎて、ワンワンがつまらなそうにしていると申し訳なくなってたりして、かまいすぎた。
体調を崩したのは、結局、環境の変化が負担だったんだろう。
産まれて間もない子犬がいきなり3人の人間相手しなくちゃならなかったのだ。
ハイテンションなぼっちゃん、やたら様子をうかがうママ、遅く帰ってきては写真を撮りたがるパパ。
今考えると、ほんと、犬を知らなすぎた。申し訳ない。

うまくしつける事もなかなか難しい。人間の都合に合わせて決まった場所でおしっこするなんて犬にしたらなんのこっちゃだろう。

ワンワンをコントロールできた暁に訪れるはずのシアワセを夢見る事はやめなくちゃ、だ。
一緒にすむための最低限のルールはおいおい覚えていってもらわなくちゃならないだろうけど、それだって、そんなに焦る事はない。ワンワンのおしっこぐらい拭けばいいじゃん。
ダラダラ、ガフガフ、今は、とりあえずこんな具合で、、、とてもシアワセ。
# by yyymotot | 2005-12-03 22:01 | Diary