<   2005年 11月 ( 5 )   > この月の画像一覧

コミュニケーションの共同体的スキル

某リサイタルへ。
思わぬ人とばったり。(むこうも相当びっくりして「なんでこんなところにいる?」と聞いてきた。こちらが言いたい台詞だよ。)

ところで、最近チャマさんという方のブログwhat is my lifeにリンクをお願いした。
とても読み応えのある不登校関連のエントリー群。
読んでいるとスキッとして元気がでてくる。で、いろいろ考えさせられる。

自分の中の常識となっている考えを見つめ直すっていうのはトッテモ難しい。
フツーと思っている事が実はそんなにフツーでもなく、時代時代に張り巡らされた慣習的規範を信じているだけだったりしたとしても、それに気がつく事も疑問を抱く事もなかなかめんどくさい。

でも、自分自身のことじゃなくて子供が習慣的規範を逸脱したとき、親はそういう事を面倒でもなんでも考えざるを得なくなる。寄り道をしてしまうこどもに、迷子になるこどもに、親達がどんな風に悩むのか、決断するのかをチャマさんはものすごくセキララに語ってくれている。
母親に対する神話を強化しようとするより、チャマさんをはじめこどもに関する色んな困難を乗り切ろうとしている様々な母親たちの姿を浮かびあがらせるべきだ。多様な母子関係に<常識>は今更ながらびっくりすればいい。


社会はいつの間にか昭和を懐かしむほどに変質し、習慣的規範だけじゃ色んな事がうまく説明できなかったり運営できなくなったりしてきてる。それを問題にする学者は色々言うし、政治家も色々いう、つか当事者も色々言う。
でも、同じような規範意識はもはやありえなくて、自分の意見をちょっぴり言ったりしただけで、山ほど他者の反論を聞かされるはめになる。
そういうのがめんどくさいので、どんどん意見を言わなくなる。黙る。
黙っていると身体が冷えてくる。言葉が冷えてくる。他者の感触が変わってしまう。
本当に、黙っちゃう事が解決になるんだろうかっていつも自問自答してたけど、
やっぱりそれは、ちゃう!と最近思うようになってきた。
(なので、チャマさんにリンクお願いしたりできたのよ〜〜ん。)

解り合うためのコミュニケーションじゃなくて、殺し合わないためのコミュニケーション、
共感するためのコミュニケーションじゃなくて、違いを知るためのコミュニケーション。
あなたと私は違ってて当たり前、と本気で言えて、さらに、なにかお互いの最良をうんうん考えていくことができるような技術、それこそ、コミュニケーション・スキルなんじゃないかと。
そう考えると儀礼とかお祭りとか、そういうのって大事なんだなあとつくづく思う今日この頃でした。
[PR]
by yyymotot | 2005-11-25 22:35 | Diary

フツーがいいに決まってんじゃん!

子供がごくフツーに育っていってほしいと思うのはどんな親だって多分いっしょだと思う。
でもって、多くのこども達はそこそこフツーに年齢を重ねてやがて社会に参入してゆく。

ではそうならなかったとき。例えば、万引きをした、不登校になった、学校の勉強についていけなくなった、落第した、加害者になった、ひきこもった、ニートになった、いろいろあると思うのだけど、そういうときフツーの親達はどういう風に捉え振る舞うものだろうか?

私の場合は(っていうか、多分他の親達も)「彼の逸脱は何が原因なのか?」ってまず考えてしまう。(フツーではない状況に陥るってことでとりあえず逸脱って書くけどだれかの気に触ったらごめんです。でもってあくまでも例えなので万一本人みてたら気にしないように。)
そのときの状況を調べて把握して、そうなった事の原因を何かに求めようとする。
万引きしたら親の愛情不足か?不登校になったらいじめがあったのでは?勉強についていけなくなったら学習障害か?加害者になったら、ひきこもったら交友関係に問題があったのでは?、、、てな具合に。
で、原因を探り当てて、あるいは、急場しのぎにこしらえて、次の手をうとうとする。
じゃ、次の手って何?何のための次の手?と考えてみたら、実は、フツーに戻すための次の手だったりするわけです。
悪い事もせず、学校にもいって、よい交友関係をもち、勉強もそこそこして、、、そういうフツーのこども。

ところが当のこども達はそういうときに絶対に親の言う事をきこうとはしない。
なぜ?ちょっと思い当たるのは、親が自分にもとめているのがフツーの子供像ってところでカチンとくるのかもしれないなってこと。
こども期渦中にいる彼らにとって、親が傍観的に描き出すこども像なんてはなからピンとくるはずない。
ただでさえややこしい思春期なんかのまっただ中でコントロールの難しい自我やら性やらと格闘中なのだから、フツーのこどもなんてみたことねえ、てなもんだろう。
果たして彼らに親のフツー指向を説得できるのだろうか。

つーわけで、ちょと脳内シミュレーションしてみます。

『勉強しないこどもとの会話』編
子「フツーってなによ。」
親「いい質問だね。フツーとは、問題がないってことかな。」
子「問題がないわけねーだろ、生きてんだから。」
親「なるほど。そりゃそうだ。じゃ、選択肢を無駄に減らさないような行動をとる分別が
  年相応についていること。」
子「無駄に減らしてんじゃねーよ。それよか、こんなことで選択肢を減らすような
  世の中がおっかしんじゃない?」
親「それもそうだ。でも、ゲンジツはゲンジツ。あんたがそういうことをしてたら確実に
  将来の選択肢が減る。」
子「選びたくもないよな選択肢なら最初からいらねえかもよ。
  で勉強しなかったら、いったいどんな選択肢が減るってんだよ。」
親「進級できなくなるかも」
子「一年余分に勉強すると選択肢が減るのか?」
親 「今勉強できないで来年できるようになると思う?」
子「そんなことはわかんね。何しろ今は成長期。
  来年になったらでかくなってるだろうし、勉強だってやる気になってるかもしれない。         
  こどもにとっては 一年さきのことなんて予測不能の大未来なんだよ。」
親「大未来ね〜、ふ〜〜む。
  確かに、君は一年で歩けるようになって、次の一年でしゃべれるようになったからな。
  それは凄い進歩だった。」
子「それから、子供のときの一年はママたちの一年とは全然長さが違うんだよ、知ってる?
  ママ達は一年なんてあっという間だっていうだろ、でもボクらにとって一年っつのは、
  めっちゃ色んな事があって、ドキドキハラハラしてえれ〜〜長いんだよ。
  長くて長くてツカレちゃうほどなげ〜〜の。」
親「そういえば、そうだったかも。わかった。
  とりあえず、がんばって時間を大事にしてがんばってください」

だめじゃん。

『勉強しないこどもとの会話』reloaded編
子「だから、フツーってなによ。」
親「フツーとは、問題がないってことかな。」
子「問題って、どんな問題よ?」
親「大多数の他のこどもたちが努力できている事をやれないっていうよな問題」
子「だから〜、そのどこが問題なのよ。いってやろうか。ママが気にしてんのは
  ズバリ世間体じゃないの? ご近所や親戚に対してかっこわるい、みっともないとか。」
親「ズバリ、、、って君は埴輪君か。もちろんそれもある。だいたい、世間体って
  そんなに馬鹿にするような事なのかなあ。世間にみとめられるってきもちいいじゃん。
  そうそう、国連でもそれ話題になったってよ。」
子「なにそれ。それは「みっともない」じゃなくて「もったいない」だよ。馬鹿か。
  世間体よりもオレをまもって育てんのが親ってもんじゃないのか? 世間体を気にして
  ありのままのオレを変えさせようってのかよ。」
親「変えられるものなら変えたいわよ。」
子「それは、無理。」
親「なんで断定するのよ。人間変わろう思えば変わるわよ。やる気出せばできるわよ。」
子「だから、無理。変わろうなんて思ってないから、無理。」
親「なんでそんなに意固地になる必要があんの?」
子「こどもだから。モチベーションが調達できるまで無理。」
親「他の子達ができてるのになんであんたは無理なの?」
子「そんなこと知るかよ。他の子達とはちがうからだよ。」
親「バッカみたい!」
子「親がそういう事言うとこどもがどんだけ傷つくとおもってんだよ。」
親「傷つく、傷つく、解ってほしい、解ってほしい、そればっか。
  あたしだって傷ついてんのよ。」
子「なんでママが傷つくの。」
親「それは、それは、それは、子離れできてないからにきまってんじゃん!
  傷つく君をみたくないからじゃない。」
子「見てろよ。だまって。」
親「、、、、、、ん。がんばる。」

ううう、、、自爆した。
またしてもだめじゃん。
[PR]
by yyymotot | 2005-11-14 21:09 | Diary

たまには人の顔色うかがったらどうだ!

人の顔色を窺うっていう言葉がある。否定的なニュアンスをもって使われる事が多いけど、でも、実はこれってすっごく大事な事。

うちの子、学校でうまく行かないことが多くて、帰ってくる度「おっかえり〜」って笑顔で言いながら横目でちらちら顔色を窺ったものでした。ま、ほぼ毎日なにかしらあるので、単刀直入に「今日は楽しかった?」なんて尋ねる事も多かったのですが。
新婚の頃は夫が帰ってくるとやっぱり顔色を窺ってました。なんだか不機嫌そうだったりするとなにかあったのかな?とか。(可愛かったですね。昔の私は。)

顔色を窺うって言うのは、相手におもねるというより、相手の状態を察知して、次に続くコミュニケーションに備えようとする態度なのかもしれません。
で、アスペルガーの人たち、もしくはそういう傾向がある人たちは総じて相手の顔色を窺う事が苦手です。
彼らが一般的なルールを習得するのが苦手だって言うのも、普通の子供達はそういう相手の微妙なサインを受け取って、あ、これは駄目な事なんだ、これはいい事なんだっていうことを体得していくのに比べて、彼らはサインを読み逃がし続けてしまうので、場にふさわしい態度やルールを学習する事がなかなかできづらいのかなと思ったりします。
結果、本人達は場違いな振る舞いをしてしまうことを恐れなくちゃならなくなったり、コミュニケーションがうまく行かない事に悩まされたりすることになってしまうのですが、彼ら自身は相変わらずそういうサインが送られている事に無頓着だったりする訳で、実は、彼らとつきあう側にも相当なストレスをもたらす事になったりしてしまいます。

恐い顔をしてみせて「ダメっ」って叱ってもあんまり効果ないし、こちらがどれだけ鬱な様子でも気がついてはもらえない。つーわけで私もう、へろへろ。
[PR]
by yyymotot | 2005-11-13 21:58 | Diary

そしてニート

パートタイマー→アルバイター→プー太郎→フリーター→そしてニート
杉村太蔵衆議院議員が世間を賑わして、「課題はフリーター、ニート問題です。」とか言い、さらに、フリーターとかニートを集めて「意見を聞く」会などを催し、すっかりマスコミはフリーターやニートが問題であるという前提で話を展開しているんだけど、いったいそれらのどういう事が何に問題なのかが解らない。

私の知る限りでは、まず「アルバイター」とか「パートタイマー」とかそいういう言葉があって、それは正社員にならない就労業態を選んでいた人たちの事をさしていた。
それから、景気が悪くなってきて、そういう就労形態しか選べない状況がいかがなものかみたいな話になった。
で、「ブー太郎」という言葉はその人たちと区別する形で出てきたように思う。
最初から正社員を目指さないで時間給の仕事をこなしながらまったり自分の生き方を探している、いわば、モラトリアルな若者達の生き方を若者自身が肯定しつつも自己諧謔的に「プー太郎」って呼んだのが最初だった気がする。
それから10年間。景気悪くて正社員の採用率がどんどん減って、モラトリアルな若者ばかりでなく正社員になりたい若者達も不本意ではあるけど非正社員的就労業態を選択せざるを得ない環境になって、そういう若者もひとからげに「ブー太郎」っていう言い方もなんだからってんで、「フリーター」っていう言葉が登場した。
それからしばらくしてから、「ニート」っていう言葉が暗躍しはじめるんだけど、これって、多分、「ひきこもり」を社会問題化したときの文脈ででてきたんだと思う。

「アルバイター」とか「パートタイマー」で話が進むと正社員との対価の不平等が問題にされやすい、で、その中での若者の就労問題を特化させて、それって実は自己選択的な問題なんだよ、ってことで「ブー太郎」をアッピール。
でも、自己選択的な問題だけでなく企業が採用人数を縮減したり、就労形態を変えたがっているってことにも問題があるんじゃない?っていうような言説が出て来たけど、そういうのよりむしろブー太郎やフリーターにもなれない?意欲のない若者が問題なんじゃない?ってことで「ニート」っていう言葉がやたら出てくるようになった。
いったい何がどう問題なのか解らないまま、結局、55年体勢を支えた職業倫理や自己責任論に着地させてしまっているような気がするのだけど、ほんとこれでいいの?
[PR]
by yyymotot | 2005-11-12 23:26 | Diary

大峰山(女人禁制)の乱と資生堂(ハゲ遺伝子の廃絶)の乱

大峰山に、
「修験道の根本道場として知られ、約1300年間女人禁制が続く奈良県天川村の大峰山(山上ヶ岳)の登山口で3日、全国の性同一性障害者ら約30人が、入山を認めるよう地元住民に求めた。初の試みで、住民の反対でこの日の登山は断念したが、改めて話し合いの場を持つことで合意した。」(毎日新聞)ってようなことがあって、ネットで大騒ぎになっていた。

そもそもこのタブー破り、イダヒロユキという大学のセンセが呼びかけたらしい。
センセの日記

関連ブログに『マイノリティだからって、何をしてもいいんじゃないよ!』っていう反論が殺到してて、既にいくつか閉鎖されちゃっている。
ネオコン的な反省が日本に浸透しつつある今、マイノリティな人々の権利主張は、今までのように甘えたものでは見向きもされないばかりか、逆に砲火を浴びてしまうという良い例ですね。
フェミニズム的な運動は特に、ターゲットにされやすそう。
いろいろ実際にはあるのかもしれないけど、
今の日本、女だから不幸って話は誰も信用しないもん。
誰が本当に不幸かってことには結構シビアな国民性だし。

で、いろいろ廻ってたら、今年の5月頃、資生堂がハゲ薬を売り出して、そのネット広告が大問題になって、ハゲ薬そのものが発売中止になったってことを知りました。

資生堂ハゲ問題まとめサイト

資生堂ったら、ハゲな人々を故意に貶めるような統計やイラスト、さらには「ハゲは子孫にも迷惑」と身もふたもない優生学的領域にまで射程に入れた扇情的なコピーを使用していたらしいです。
ハゲというマイノリティな人々にとってだけじゃなくこれは確かに問題だわ、資生堂のアホさ。

ちなみに私はハゲだから好きってことはないけどハゲだから嫌いってこともないです。
[PR]
by yyymotot | 2005-11-07 20:14 | Diary