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エイズ問題

帚木蓬生『アフリカの瞳』
南アフリカ共和国で医療に従事する作田医師が蔓延するエイズ禍の真相に迫る感動的サスペンス。



 ところで、アフリカのエイズ被害の認識はエドワード・フーバー著『The river』(BBSのアフリカ特派員であったフーバーによるポリオワクチンHIV汚染エイズ起源説。)(1999年刊)に遡る。
 フーバーの説は、刊行後すぐにあらゆる科学雑誌や専門家から攻撃される。専門家たちがトンデモ本として無視できなかったのは彼の説が膨大な調査と資料に裏付けされていたからだ。(ネットをいろいろみていると、専門家たちの素人分析に対する態度がいかに冷徹で、残虐かよくわかる。素人なのに、少しわかった風な口をきくととんでもないことになる、、、こともあるみたいだよ。ありがちなこと?)

 結果的に、フーバーの説はただの仮説でしかあり得ないということにおちついた。でも、『Nature』などの権威的科学雑誌や専門家がたった一冊のジャーナリストの本に反論する為これほどのエネルギーを注いだことは相当異例のことだったらしい。
なぜ、彼らが一斉にフーバー説を叩きのめしたのか。その立論の過程がアナボコだらけだったから?あるいは膨大な調査や資料が科学を擬態しているように思ったから?確かにそういう部分もあっただろうけど、科学者ではないジャーナリストの推論に対してその反応は大げさすぎない?

フーバーの本に専門家たちが過剰に反応したのは、実は、それが、モラルの問題だと直感したからではなかったかとか、思うよ。世界で起きているとても悲惨な現実と科学のモラルとの問題を彼らに問うていたから、それを無視するため、その問い自体を無意味なものにしなくてはならなかったのではなかったのか。腰抜けじゃん。

『The River』は、ポリオワクチン起源説を展開しながら、数字とグラフでアフリカの現実を浮かび上がらせる。
アフリカでだけ、なぜ、これほど、エイズ禍が広がってしまっているのか。植民地化された後の、奴隷の供給地となった後、その地はなにを失ってきたのか。植民地化され、奴隷となり、差別された人々が、結局どんな暮らしをしてきたのか。
こういうリアリティとアフリカのエイズ禍が実は密接に結びついちゃっていたりすることが、フーバーレポートから読み取れちゃう。エイズの起源より、もっと深刻なリアルな問題。

でもって、帚木蓬生『アフリカの瞳』だ。
実はね、アフリカのエイズ問題もニュースで聞くぐらいしか知らなかった。
この本を読んで、いろいろつながったよ。
ニュースで見るアフリカのエイズ問題



そういえば、この小説の中で、知的所有権とエイズ薬の扱いについての話が出てきてた。HIVからエイズ発病を遅延させるための薬開発のためには莫大な投資が必要。その投資を上回るリターンを確保するのは当然だとして、それが回収された時点で苦しんでいる人たちには無料提供もありじゃん、それが企業ってもんじゃないの、、、っていう話には、感動した。
なんか、winny問題も同じ?
ソフト開発者たちの利益は損なわないし、才能にはお金出しても全然平気。だけど、それで潤ったら、それ以上もうけないでもいいよ、みんなであそぼ、って感じ。
そんな風になったらいいのにね。


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by yyymotot | 2004-07-06 23:03 | Books

10億分の1の男

色んな事に区切りが付いて、さ、アソボと思ったら、お茶をキーボードの上にたんまりこぼしてクリック生活。それにしても、なんだか基本的にツキがない気がする今日この頃。もし、色んな事気にするタイプだったら、そうとう厳しい日々なのかもしれないな。なんて思いながら、キーボード買って来ました!パコパコ打つのは気持がいいね。キーボードがダメになったら新しいのを買える!新品のキーボードは気持ち良いよン♪

ところで、ツキといえば「10億分の1の男」。スペイン映画ってTUTAYAにあればなるべく見るようにしているのだけど、この映画はケースの裏にあるストーリだけ読むと「ツキを競う」っていうジャストアイディアでできちゃった映画ですぅっていう感じで、なんか全体が見える気がしてちょっと借りる気がしなかったのよね。で、結局、ダンナが借りて来てようやく見る事になった次第。

結果。うひょひょ。面白かった。
で、とりあえず、ネットで見た人の評判を探ってみたりもした。
面白くない、、、っていう感想が結構あって、ムカ!!
だいたいやねー、映画における面白くないとか面白いっていう基準はなんだ!と。
自分の心情に近いバイブレーションをもった簡単にわかって簡単に面白がらせてくれる映画がそんなに好きか!と。
翻ってみれば、ちみたちは面白くないと簡単にいってしまう自分がそんなに好きなのか!と。

たとえば、記号。
全ての映像はつくりもの。なので、そこにはあらゆる意味を盛り込む監督がいる。今回の場合も、サークルとスクエア、自然と人工、遮断と接触、、、、そういう対立的なモチーフがあらゆる場面で対比的にあらわれる。巧いのは、それが何の予兆にもなっていないことだ。ツキがどっちにころぶのか、最後まで観客にはツキの法則を予測できない。
たとえば、時間。
全ての映像はつくりもの。なので、そこにはあらゆる時間が登場する。今回は、割合フツー。でも、時間を操作する監督としてはタルコフスキーが超一流。彼の映画を見ていると時間の概念が狂う。この映画では広大な自然を俯瞰するカメラワークが人の持ち時間の小ささを印象づけたりもしてるけど。
たとえば、エキゾチズム。
全ての映像はつくりもの。
この監督以下その映画を作っている人達が共通する了解といかに遠い世界、日本って!?だいたい、スペイン映画はしょっちゅう闘牛が出てくるんだけど、日本で言えば、どういう人達?
ガチンコで死と隣り合わせのヒーローが輝いている社会ってどうよ。盛り上がりをみせてる格闘技界だって相手は人間だよ。牛となぜ対決しなければならないのかよくわからない。そういうわからない事をずっとみつづけてたら、ツキなんてことも、そうとう考えちゃうよね、そして、スペイン内戦。
たとえば、赤。
全ての映像はつくりもの。なので、この映画では、死を賭ける部屋への誘導は赤いカーペットによって行われる。なんだよ、やっぱり、闘牛なのか?なんてことをおもわせられつつ、スタイリッシュで、かっこいいい。


面白くない、っていうのは簡単だけど、ただ、面白くない、って切り捨てたとたん、そのコメントが面白くなくて、だめじゃん、になっちゃう。

どんなことにも、とりあえず面白い事を探すっていうのが多分現代求められている礼儀作法かもね。面白がれるリソースを紹介しなくちゃね。そうでなければ、面白くなかったその根拠。
ただ、面白かった、面白くなかった、だけじゃだれも納得しないよね。
っていうか、私もなんで面白かったかをいってないよね、、、、、。
きゃ_____!!


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by yyymotot | 2004-07-04 23:43 | Movie

FAHRENHEIT9/11.

う〜〜〜(泣)
マイケル・ムーアの映画「FAHRENTHEIT9/11」が6/25日に公開されてからアメリカはえらい事になっているらしい。
メルギブソンの裏切り(?)や(出資を途中で引き上げた!)、ディズニーからの横やりなど、一時は選挙前の上映は不可能なんじゃないかという噂も囁かれて、ほんと、様々な障害をくぐり抜けての全米公開だった。
「『おい、ブッシュ、世界を返せ』に既にかかれていたことばかり」、「ドキュメンタリにしては客観性に欠ける」、、なんていう前評判もあって、実際のムーアのアメリカでのポジションがわからない私は、アメリカンがどんな反応を見せるのかそうとう興味津々だった。
そしたらね、いざ蓋をあけてみると、、、、なんと、興行成績第一位!
うわぉ!!

でもって、それを見たアメリカンの感想がここに↓
マイケル・ムーアオフィシャルサイト内アメリカンの反応記事

マイケル・ムーア日本語サイト

なんだか読んでいて、ゾクゾクしちゃったよ。
そういえば、村上春樹の「海辺のカフカ」のサイトでも同じような経験をした。
刊行後、読者からの感想を公募したコーナーが設けられて、色んな人がそれぞれどんな風に「カフカ」を読んだかって語ってた。それぞれまるで違うヒストリーを持つ人が、同じ本を読んで(感じた事は違っても)それぞれ、その作品との出会えたことを心から喜んでいる。なんか素敵だった。(後々、この感想文は一冊の本にまとめられたんじゃなかったかな?)

こういうことに出くわすとなんで、私は、こんなにワクワクしてしまうんだろう。
自分とおなじようなテーストが好きなひとがこんなに一杯いるって確かめられて嬉しい?
どんな風に好きかっていうことが、それぞれだっていうことがわかって嬉しい?
ちがうな。
私たちを感動や感謝の良き感情で結び付けてくれるそういう人達がいる、ってこと、それをみんなで発見していること、そういう事に心踊っちゃうのよ。
簡単に言えば、カリスマの発見、カリスマ性の相互補強、そのプロセスが目の前で展開されている事自体がワクワクの最大の理由なんだと思う。

こういう事を書くと、オウムの麻原に対する盲信やら、それが引き起こした世紀の悲劇的なテロ事件を想像して、やな気持ちになる人がいるかもしれない。麻原のカリスマ性ってすごかったそうだから。
でも、あんなことが一回あったからって、あらゆるモデルを否定する気持ちになってしまうのもおかしな話しじゃないかと思う。人間ってそんなに強くないし、個性的であるはずもない。自分だけの価値観で自分をがんじがらめにしてしまうより、色んな人に憧れ(させられ)たり、影響を受け(させられ)たりしている状況の方がまだましなんじゃないかな。そのほうがよりコミュニカティブだし。

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by yyymotot | 2004-07-01 00:18 | Movie