同性結婚はいいこと?わるいこと?

7月1日刊の週刊文春を読んでてびっくりした。
ちょっとした海外トピックを載せるthis weekという一ページの中の下半分のちゃちい記事。

  
 ”ゲイ公認”のブラジルで世界最大のゲイ・パレード開催”

  「わがサンパウロ市は、世界最大のゲイ・パレードを誇りにする。」プラジル・サンパウロ市のマルタ・スプレシー市長が六月十三日「代八回オルグーリョ・ゲイ(ゲイの誇り)」パレードの開催を宣言した。(中略)現実には、ブラジル国会でも、同性結婚の法制化を巡る審議がおこなわれている。そのせいか、このパレードが始まる巣実前から政府は病院や警察、労働、教育などのあらゆる場で、同性愛者への偏見をなくす「ホモフォビア(同性愛差別)のないブラジル」キャンペーンをはじめた。、、、、、(7月1日週刊文春より)


そういえば世界のあちこちで同性婚がみとめられつつある。
バルギーでもノルウェーでもフランスでも、マサチュセッツ州でも完璧に合法だ。サンフランシスコでもニューメキシコでもゲイカップルへの結婚許可証がばんばん出されているようだし。

同性婚・パートナーシップ法☆トピックス

ゲイに対する偏見って日本ではどうなんだろう。ちゃんとした社会に生きてる訳ではないのでよくわからないけど、どうなんだろう?ゲイが原因で仕事を失ったり、陰口を叩かれたり、いきなり叩かれたり、顔をしかめられたりすることなんてあるのか?

ゲイの人達が一番厳しいのは「自分は普通じゃないかも」っていう煩悶の時期なんじゃないだろうか。
その時期をなんとか乗り越えて居直ってれば、(ゲイに限らず)そういう時期を体験したことのある人特有の腰の座った強さが魅力となって自然に人があつまってくる。実際、わたしは、ある時期オカマのマスターを好きになって彼のお店に通いつめた事がある。いまでもあの店の居心地良さは忘れられない。

同性愛に厳しい社会っていうのは、異性愛が「正」で、それ以外を「負」とする倫理観をもつ社会。
人間同士の様々に結ばれるうるだろう「関係性」にプラスとマイナスの価値を持ち込んで、いちいち採点しなくちゃ秩序が保てないっていう社会、厳格なモラルを要求する神様の国々だ。逆にいえば、そういう国の人達は、その神聖に圧倒された、っていうんじゃなくて、共同体の秩序を保つため、あるいは 存続させつづけるために個人的な想いを超えた共同体全体の意思として神の厳格なモラルをあえて選んだ歴史をもつ、、なんていう風にも言えるのかもしれない。
そういえば、政権の団結力や秩序が危うくなるといつも厳しい神の掟を思い出させるような事件が起こる国もある。(ブッシュさん、あんたの所だよ!)

で、同性婚だ。
神様に厳しすぎる倫理を押し付けられるより、頑張って自分たちで秩序を維持する努力をして、個人的な自由度を拡大してきた私達にとって同性婚なんてもはや倫理的にどうってことない。
社会的認知があえて必要なのかという疑問もあるようだけど、フロイトやらラカンやらの声を耳に挟んだ私たちには、普通じゃないということから自我を形成してきた人に取って、普通の扱い、普通の形式がどれほど欲望の対象になるか、その気持ちも想いも簡単に想像が付く。


だからね、私はね、

いいじゃない。同性婚、、、、、。

つうっていう風に、記事が終わると思ってたのよ。
そしたらね、そうじゃなかったの。
びっくりしたよ〜〜。

結びの文章を引用するよ。
いい?
心を引き締めて、びっくりしないでね。
ほんと、引用開始するよ。

「 ”革新的なゲイの理解国”が増えることはいい事なのだろうか。」(週刊文春7/1号)

、、、、、、、、、、、、だってよ!!!!
「革新的」っていう形容の意味は何?
「理解」って何、どんな無理解からの「理解」
いい事なのだろうか?って、聞くなよ!!
え〜〜〜信じられな〜〜〜い。
いい事じゃないと思うなら理由を述べろよ!!

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by yyymotot | 2004-06-24 22:07 | Diary
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